特集
【インタビュー】山谷花純、20代最後の写真集「遠距離、現在此。」に込めた想いとは
2026/6/25 12:00
俳優・山谷花純の約10年ぶりとなる写真集『遠距離、現在此。』が、6月26日にKADOKAWAより発売される。
山谷は、2008年に俳優デビューを果たし、「手裏剣戦隊ニンニンジャー」「鎌倉殿の13人」連続テレビ小説「らんまん」など数々の話題作に出演してきた。本作は、30代を目前に控えた彼女の“今”を切り取った写真集。
撮影の舞台となったのは、山谷がデビュー当時にドラマ撮影で訪れた香川県・小豆島。
エンジェルロード、二十四の瞳映画村、瀬戸内海を望む景勝地など、彼女にとって原点ともいえる場所を巡りながら撮影が行われた。
穏やかな瀬戸内の風景の中で見せる自然体の表情から、俳優として積み重ねてきた時間を感じさせる凛とした姿まで、多彩な魅力を収録。20代最後の山谷花純の現在地を映し出した一冊となっている。
今回は、山谷に本写真集に込めた思いや小豆島での撮影エピソードなどをたっぷり聞いた。

――写真集を出すことが決まった時の率直な心境はいかがでしたか?
山谷:写真集は、なかなか出せるものではないのでこの機会を大切にしないといけないなと思いました。
前回は10代だったこともあり、スタッフの大人の皆さんが色々と決めてくださって、私は現場に行ってカメラの前に立って、出来上がるのを待つという、とても恵まれた環境に甘えさせていただいたんです。
そこから10年が経って私も大人になったので、少しは作品の制作に関わりたいなとも同時に思いました。
――今回、写真集の構成やロケ地などは山谷さんご自身で考えられたのですか?
山谷:はい、せっかくの写真集なので、どこかゆかりのある土地で撮影をしたいと思って、どこが良いかなと考えていたところ、初めてセリフをいただいて、親元から離れて地方ロケに行った昼ドラの「ラブレター」という作品があるのですが、そこが小豆島でのロケだったので、久しぶりに小豆島に帰ったらどんな気持ちになるんだろう、と思って、小豆島を提案させていただきました。
――実際に小豆島に行ってみていかがでしたか?
山谷:18年ぶりの小豆島でした。プライベートでも一度も行っていなかったので、すごく不思議な気持ちでした。前回、ロケで行ったときが小学生だったので、やんわりとしか覚えていなかったのですが「船着き場こんな感じだった」とか「映画村も懐かしい!」とか、鮮明に記憶が蘇ってきて。
一瞬一瞬を、自分の中で記憶のシャッターを押しているような感覚で過ごしていました。
――小豆島の魅力は堪能されましたか?
山谷:本当に時間の流れがゆったりで、日本国内なのに海外に来ているようでした。
撮影が終わって、東京に帰ってきたら1ミリも時差が無いのに、時差ボケみたいになったんです。(笑)
それぐらい穏やかな空気が流れる島でした。島民の方々もすごく優しかったですし、写真集の撮影でお世話になったロケ地でも、行く先々で、島民の方から毎回、島の名産のオリーブオイルなどのお土産をいただいて。島を上げて迎え入れてくれたというのが、嬉しすぎて、とっても大好きな場所になりました。
ロケ中は、ずっと団体行動で、みんなで常に一緒にいましたね。
スタッフさん含めて、みんなで一緒に朝・昼・晩とご飯を食べていました。
写真集の中で、そうめんを食べているシーンがあるんですけど、それはスタッフさんたちとみんなで『美味しい!』って言いながら食べているときに撮ったカットなんです。温かいにゅう麺もあったし、きれいな緑色のオリーブそうめんもあって、とにかくバリエーション豊かで美味しかったです。
また、オリーブオイルの日本酒もいただいて、ほのかにオリーブの香りがしてとっても美味しくて、食の面で小豆島を堪能しました!

――撮影時のお天気はいかがでしたか?
山谷:晴れたのが初日だけだったんです。当初のスケジュールから色々と変更をして、天気が良い時に外で撮りたいカットを、全部初日に寄せて集中して撮影しました。
1日目に頑張った分、2日目3日目は少しだけゆったりとした時間を過ごせました。やっぱり島の天気は読めないものだなと改めて感じました。(笑)
なので、晴れているカットは全部初日に撮ったんだなと思っていただければ。(笑)
――背表紙の夕焼けのカットも素敵ですね。
山谷:そうなんです。小豆島でしか見ることの出来ない夕日だったなと、今振り返っても思いますね。私もすごく好きな一枚です。
――表紙カットについて、出来栄えはいかがでしょうか?
山谷:色んな候補カットがあった中で、私がこのカットに決めさせていただきました。
決めた理由は、今回の写真集のカットを確認している時に、パッと目に留まったのがこの表紙カットでした。なので、直感が一番です。(笑)
自分の直感をすごく信じていて、物を買うときも迷わないからすごく早かったりもするんですけど、今回も根拠なき勘が働いたというか。このカットが一番目を引くのかなと思ったんです。
また、俳優という肩書を持ってお仕事をさせていただいていることで、丁度良い露出感もあって、前回の写真集とは対比になるというか、大人の階段を上った姿が押さえられているなと思いました。
――今回の写真集のタイトル「遠距離、現在此。」はご自身で決められたのですか?
山谷:昔、「遠距離現在」という写真展を観に行ったことがあって、そのタイトルをずっと覚えていて、すごく美しい言葉、字面だなと思っていたんです。
当初、撮影前は英語のタイトルが仮であったのですが、実際に小豆島での撮影を終えて、写真を見返していた時に、「この写真集は英語のタイトルじゃないな」と思ったんです。
その時に、「遠距離現在」を思い出して。
東京から小豆島に行くのって、色々な交通機関を乗り継いで6、7時間かかるんです。その帰路の時に、ふと「私は今、すごく遠い場所で、これまでの人生を振り返ってきたんだ」と感じて、「遠距離、現在此。」が出てきて、「現在此」「いま、ここ」の当て字なんですけど、すごく自分の中でしっくりときて、決めさせていただきました。
――写真集のお話をたっぷり聞かせていただきありがとうございました。山谷さんご自身について、お伺いしますが、間もなく30歳を迎えられますが、改めて20代を振り返って、いかがですか?
山谷:あっという間だったなというのが、一番の感想です。
ただ、1ミリ足りとも無駄な時間は無かったとも思います。すごく充実した20代でしたね。
良くも悪くも忙しくて、たくさん悩んでたくさん失敗して、たくさん人に迷惑も掛けたし、それによってまた新しい出会いがあったりもしました。
29歳になってもうすぐ半年経つんですけど、20代の失敗だったりとか別れ、少し頭の片隅で引っかかっていたものが、全部回収できて、良好な関係になっていたりだとか。
良い方向に転換していく歳だなと思っていて、どんな失敗も最終的には自分次第で良い思い出、良い結果になるんだっていうことを学んだ20代でした。
30代に突入する前に、良い準備運動ができていて、より30代を迎えるのが楽しみで仕方がないです。
――30代はどのように過ごしていきたいでしょうか?
山谷:早く30歳になりたくて、スタートダッシュを早く切りたいという、エンジン全開で待機しているような状態です。
節目の歳って、後先考えずに新しいことに挑戦しやすくなるなと思うんです。後回しにしていたことが全部30歳になった瞬間にストッパーが外れて「全部やってみよう!挑戦してみよう」となれそうな気がしていて、その時に、何に挑戦できるのかというのが、今からすごく楽しみです。どちらかと言うと、仕事のことの方が楽しみなことがすごく多いです。
これから、新しい冒険に出るんだというワクワクした気持ちでいっぱいです。
――最後に、山谷さんが今後どのような役者になっていくのか、展望を聞かせていただけますか?
山谷:私が任されるところは、きっとその作品の安心ポジションだと思うんです。
演出家さん、プロデューサーさんにとって「この子をいれておけば作品が回る」という、ポジショニングを確立していくんだろうなと思います。
私も、20代前半、中盤の時はそれが良いのか悪いのかが分からなかったんです。
自分は助演の立ち位置の方が向いているということにも気が付いていますし、そこを極めていく俳優人生なのかなと。
ただ、主役ではなく先に助演を狙ってしまうと、そもそもそこにも辿り着かないと思うので、主役を目指しつつ、主役を譲るわけではないけど、助演を任される、そういう俳優人生を歩んでいきたいなと思います。

■山谷花純プロフィール
1996年12月26日生まれ、宮城県出身。2008年にドラマ「CHANGE」(フジテレビ系)で俳優デビュー。映画『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』では、役作りのために丸刈りで末期がん患者の難役を演じきり、その圧倒的な演技力が大きな話題を呼んだ。主演映画『フェイクプラスティックプラネット』で2019マドリード国際映画祭最優秀外国語映画主演女優賞を受賞。近年は連続テレビ小説「らんまん」、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」「豊臣兄弟!」(いずれもNHK総合ほか)、ドラマ「親友は悪女」(BSテレ東)などの話題作への出演が続いており、映画・ドラマ・舞台と幅広く活躍する。
-
前の記事
【インタビュー】あのが「わたしの相殺日記」で地上波ドラマ単独初主演、“自分らしく生きる”主人公「ぜひやりたい」
-
次の記事
【特集】声優・木村良平、「推し友」の作り方に興味津々 SNS交流術に「スゲエ。やってみたくなる」
コメントを書く