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【彼女が舞台に立つ理由】髙宮千尋

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2025/6/4 18:11

君、すごく面白かったよ――
公演後に声を掛けられたことで、とにかく目立ちたい少女が俳優へと成長を遂げた。これからも、未来へバトンを渡すために、舞台に立ち続ける。

〈プロフィール〉
■髙宮千尋
福岡県出身。9月10日生まれ。
趣味・特技 フラ、狂言小舞、モダンダンス
保育士資格あり
経歴 劇団俳優座28期生2017年入団

福岡・小倉で生まれた俳優・髙宮千尋は、幼い頃から、人前で表現をするのが好きだった。授業中でも積極的に手を挙げて、勉強でも1番、かけっこでも1番になって目立ちたいと思っていた。そんな彼女は小学校4年生の時に、夏休みに地域の子供たちに出演を募って開催されたミュージカルに出演する。

「人前で大きな声を出したりとか、大きく踊ったりすることは、普段であれば怒られてしまうようなこと。でも舞台の上ならばOKなんです。拍手ももらえる。普段だったらやってはいけないことをできるというのは不思議な感じで、とても楽しかった」

演じることには、すぐに自信を持つことができた。彼女は照れ笑いをしながら、「私はうまいなって思ってましたね」と振り返る。事実、演劇を続けていく中で、褒められることが多かったそうだ。

「今思えば、ただ目立っていただけかもしれない。それでも、指導してくれた方や、素敵だと思っている先輩から、褒めてもらえるのは、素直にうれしかったし、私でもできるんだって自信になりました」

大学はお茶の水女子大学の舞踊コースを選んだ。表現の勉強がしたいと考えたからだ。ただ、ひと学年が15人の舞踊コースで、これまで目立つことに充実感を得ていた彼女が、挫折を経験することになる。

「舞踊コースは、華があって、個性がある子たちが全国から集まってました。もちろんダンスも上手い。そんな15人だったんです。あたり前なんですけど、“私は1番ではないんだ”と現実を突きつけられました。冷静に考えてみれば、高校生の時までも、決して1番であったわけではないんですけどね。とにかく見事に鼻っ柱を折られました」

大学4年間では自分の居場所を見つけるのに苦労した。そんな大学生活で続けていたのが、他大学の演劇サークル、そしてお茶の水女子大の狂言サークルだった。狂言サークルは能楽師・野村萬斎が監修を務めていた。野村萬斎という著名な名前に“ミーハー心”で、ひかれたことも事実だが、実はもともと子供の頃から両親に連れられ、狂言の鑑賞を楽しんでいたことも、飛び込むきっかけだった。

「狂言は、小さい子なら、寝てしまうと思うんですけど、私は当時、椅子に立ち上がって見入っていたらしいんです。話がわからなくても、動きの面白さは感じることができたんだと思います。食い入るように見ていたので、地元で狂言の公演がある時は、親が連れていってくれました。狂言って、実はそんなに難しいものではなくて、簡単に言ってしまえば、昔のコントなんです。言葉が難しいから、伝統芸能として構えてしまうかもしれませんが、言葉がわかってくると、ゲラゲラとお腹を抱えて笑えるものなんですよ」

狂言サークルでは、野村萬斎の自宅の稽古場にも手伝いで通った。実際に会う機会もあったとか。そして大学時代の狂言の経験は、彼女に俳優として、大きな武器を与えることになる。その後、ある舞台で、彼女は出番が少ししかなく、セリフもほぼない、おばあちゃん役を務めた。いわば端役であった。しかし、本番が終わると、ある観客が声を掛けてきてくれた。「君、すごく面白かったよ!」と。

「“間”であったり、少しコミカルな動きだったり、そんなところを観客の方は面白がってくれたと思うんです。これは狂言の経験があったからできた演技かもしれません。そして、この経験からは、どんな小さな役でも、観客の方はしっかりと見てくれるんだって思いました。それまでは、とにかく主演とか目立つ役が欲しかったのですが、考え方が変わりました」

大学卒業後の進路を考える中で、舞台を支える仕事にも興味を持ったが、まだどこかで、プレイヤーに未練があった。そこで、劇団俳優座の演劇研究所を受験して合格。3年間演劇を学び、準劇団員を経て、2017年に俳優座の劇団員になり、今も舞台に立ち続ける。

髙宮千尋に、舞台に立つ理由を聞くと、「楽しいから」との言葉が返ってきた。ただ、その「楽しい」は、かつてとにかく目立つことが大好きだった少女が持った「楽しい」という感覚以上のものになっているようだ。

「演劇の恩人とも言える方が演出をした井上ひさしさんの『父と暮せば』を俳優座の研究生2年の時に見に行ったんです。その時に嗚咽が出るほど大号泣しちゃって。その後、私自身が『父と暮せば』の公演に出演させていただく機会をもらえたのですが、稽古が進む中で、この作品は後世に伝えていくべきものだと感じるようになったんです。それから徐々に、演劇をエンタメという意味以上のものだと感じるようになりました。大きなことを言ってしまえば、演劇によって何か社会に貢献することができるのではないかって。少しずつ少しずつですが、感じるようになっていったんです」

『父と暮せば』は原爆投下後の広島を舞台に被爆した父の亡霊と娘を描いた作品。彼女が生まれた小倉は、もともと原爆の投下予定地でもあったこともあり、そんな関係からも、彼女の作品に対する思い入れは、なおさら強い。

変わり続ける社会の中で、俳優として、後世に渡すべきバトンを引き継いだ。この使命感も「楽しい」ことの1つになっているはずだ。
(取材・文:海老原一哉)


■髙宮千尋出演情報
劇団俳優座創立80周年記念事業2025年6月公演
「PERFECT」

2025年6月5日~6月19日
俳優座スタジオ

そのときあなたが選んだものは何?「特別でない私たち」の選択をめぐる物語。

髙宮千尋のコメント
「妊娠中に胎児の発育や異常の有無などを調べる出生前診断や医療や介護について前もって考えるACP(アドバンス・ケア・プランニング)など、いろんな要素が組み込まれている作品です。生き方を自分の意思で選ぶことができているのか、そんなことを問うものになっています。性別問わず、見て頂きたいです」

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