ニュース
【彼女が舞台に立つ理由】椎名慧都
2025/8/4 14:24
フジテレビで放送された人気ドラマ『若者たち』(1966年)は60年代を代表するドラマのひとつで、第3回ギャラクシー賞を受賞している。田中邦衛が主演を務め、主題歌も当時の青春の象徴として、人気を博した。このドラマで脚本を担当したひとりが、山内久である。その山内の父は、活動弁士の山野一郎、兄は宇野重吉らとともに劇団民藝を創立した山内明、そして、大姪にあたるのが椎名慧都だ。現在、彼女は俳優座で舞台に立っている。
〈プロフィール〉
■椎名慧都
アメリカ・カリフォルニア出身
趣味・特技 日本舞踊、民謡、スパイス料理、オリジナル焼き菓子の製作
経歴 劇団俳優座28期生2017年入団
彼女は2023年に俳優座が上演し、多文化共生をテーマとした作品『この夜は終わらぬ』に出演。日本で暮らすフィリピン人女性を演じた。日本で暮らすフィリピン人の方も観劇していたそうで、舞台は観客の心を動かした。
「終演後、私の英語がつたなかったので、うまく言葉をかわせなかったのですが、ありがとうって、ずっと涙を流してくれて。そんな姿を見ると、本当に演劇をやっていてよかったなって思うんです」
生まれはアメリカ・サンノゼ。3歳からは日本で暮らしている。そんな彼女は小学5年生の時、奈良岡朋子と仲代達矢の二人舞台『ドライビング・ミス・デイジー』を観劇。演劇への情熱がメラメラと燃え上がった。
「ユダヤ系の老婦人とアフリカ系アメリカ人の運転手に、時代や人種の壁を越えて友情が芽生えるというストーリーです。私はその舞台をいまだにすごく鮮明に覚えているんですよ。私にとっては、まさに演劇の原体験。当時、小学生だったので、内容のすべてを理解できたわけではないけど、本当に素敵な世界を見せてもらって、演劇っていいなって思いました」
決して、目立ったことが好きなわけではなかった。むしろ、シャイな性格の女の子であったと振り返る。しかし、演劇は、そんな性格には似つかわしくない行動を取らせた。彼女は演劇部を作りたいと小学校の先生に直談判、そして「5人集めたら、顧問になってあげるよ」と提示された条件をクリアしたことで、演劇部が作られた。そして、公演に向けて動き出した。
「実は私、その時に何をやったのかを、すっかり忘れていたんです。ただ成人式の時に会った同級生が、私がお医者さんの役をやったことを鮮明に覚えているという話をしてくれて、それで思い出したんですよ。30分くらいのコメディの演目で、私が主役でした」
その時の彼女の演技がどんなものであったのか、もともと本人の記憶に残っていないことからも、今から振り返ることは困難だ。しかし、事実として、彼女の演技は同級生の記憶に刻まれた。現在、俳優としての道を進む彼女のセンスの片鱗を見せたことは確かだろう。中学校に入学しても、彼女の熱は冷めることなく演劇部に所属する。ただ、俳優として、順調に進んだかと言えば、そうではなかった。中学の演劇部では、立候補してオーディションで役を決めていたが、彼女の希望は叶わない。
「なんでダメだったんだろう……。考えたことなかったな。でも当時、ショックは受けていましたね。悔しかったですよ。シャイでしたけど、もともとすごく負けず嫌いなんです。幼稚園の時、男の子にかけっこで負けて、それがどうしても悔しくて、自分の前髪が邪魔だったから負けたんだって思って、その日に自分でバッサリ切っちゃいました。私はそんな面も持っているんです。さすがに中学生の時は、前髪は切ってないですけどね(笑)」

ただ、悔しい思いを残した中学を卒業して高校に入学しても、彼女の演劇への熱い炎は消えない。高校も演劇部に入部した。すると中学時代とは打って変わって、高校時代は不思議と役を得られるようになる。
「自分のやりたい役と求められるものみたいなものが、一致してきたのかなって思います。中学生の時は、面白い役や活発な役がやりたかったけど、高校の頃は、女性的な役にも魅力を感じるようになりました」
その後、桐朋学園芸術短期大学の演劇専攻を経て、俳優座へ。もともとはシャイな性格から、役になりきることで、人前に立つことができることに魅力を感じていた彼女だが、考えは少しずつ変化を遂げる。
「俳優自身とお客さんとの生のやり取りに、今は魅力を感じています。とにかく、お客さんに“面白い”と感じてもらいたい。笑いだけでなく、苦しさや悲しみすら共有できる。そんな演劇を届けたいと思っている」
観客に「心が動く瞬間」を届けるために、彼女はこれからも舞台に立ち続ける。
(取材・文:海老原一哉)

■椎名慧都出演情報
戦争とは…
『ボーイ・オーバーボード~少年が海に落ちたぞ!』
2025年8月7日(木)~15日(金)
俳優座スタジオ
椎名慧都のコメント
「アフガニスタンで、サッカー少年ジャマルと妹ビビの物語です。9.11や難民の問題だったり、アフガニスタンの歴史についてのことなどがストーリーの背景にあります。悲しみの中にありながらも、少年少女たちの懸命に生きる姿に、何か感じ取っていただけたらと思います」

コメントを書く