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【彼女が舞台に立つ理由】増田 あかね

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2025/9/12 09:48

大学2年で受験した劇団研究所の試験科目は、ダンス、朗読、歌、パントマイム。しかし、どれも彼女は経験がなかった。

「ダンスはリズムに合わせて体を動かすって書いてあったから、まあできるかなって。歌はカラオケで練習して……」

そもそも、演劇というものを、学校での鑑賞会くらいでしか見たことがなかった。試験では、どの程度のレベルを求められているのかもわからなかった。そして、当日に周囲の受験者を見て、初めてそのレベルに気づいた。試験の課題は、壊滅的にできなかった。

「すごく場違いなところにきちゃった……」  

〈プロフィール〉
■増田 あかね
東京都出身
1990年12月13日生まれ
趣味・特技 散歩、ラジオを聴くこと、読書、弓道、ピアニカ演奏
経歴 劇団俳優座27期生2016年入団

周囲からの印象は、引っ込み思案で無口。親にも心配されていた。高校生までを振り返れば、積極的に人前で何かを表現したことは、2回しかない。

「まずは幼稚園の時、お遊戯会。一番人気の役で、どうしてもこの役はやってみたいと思ったんです。はじめてみんなの前で手を挙げて。じゃんけんで勝ち抜いて選ばれました。この時はすっごく達成感があってうれしかった。何よりも親が喜んでくれて。あとは中学校の弁論大会。自分の意見を発表して入賞しました。普段、あまりしゃべらないので、伝えたいことがたまっていたのかも。今から振り返ると、そう思ったりします」

人前で何かをするよりも、本を読んで、文章を書くことが好きだった。それならば、国語教師を目指そう。そんな目標を持って、彼女は大学に進学する。しかし、いざ入学すると、真剣に進路について悩むことになる。

「教員になるって、1つの資格を取るという程度にしか考えていませんでした。そもそも一生の職業とも思っていなかったですし。ただ、教師って人間の人生を変える職業でもあるので、科目を教えていればいいわけではない。そんなことを授業で知っていくんです。それに教育現場って、とても今は厳しい環境ですよね。国語が好きなだけでは無理だなって思って」

教育界の現実に対して、生真面目すぎるとも思える受け止めをした彼女は、将来を考え直して、あらためて自分が本当は何が好きなのか振り返った。そこで、ある映画のシリーズに思いを馳せることになる。渥美清の主演の人気作品『男はつらいよ』だ。

「出会いは小学校の時。母の影響でした。特にお気に入りなのは、太地喜和子さんがマドンナを務める『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』。渥美清さんが演じる車寅次郎のキャラクターも好きですし、家族の団らんのシーンは本当に素敵です。コメディータッチの中に哀愁もあったりして。周りを固める役者さんたちも本当にすごい。『男はつらいよ』の出演者のような演技ができる俳優になりたいと思ったんです。まだ大学生なんだから、失敗しても構わないって」

周囲からおとなしいと見られていた彼女だが、渥美清の演じる車寅次郎を見て、「人を笑わせることって、素敵なこと」とも思っていた。そもそも、家族でいる時は、その日にあった学校の出来事を楽しく話していた。彼女は学校にいる時と家にいる時では、少し違う顔を持っていた。

「外での自分の振る舞いは、本当になりたい自分とは一致していなかったのかも。周囲からの第一印象として、“おとなしいね”って言われていることに影響されて、おとなしいのが本来の自分だって思い込むようになっていた。また、そんな印象に沿うように振る舞っていたのかもしれない。だから、俳優になりたいと思った時も、友達には言えなかったんです」

とにかく、彼女は俳優を目指して、方向転換する。『男はつらいよ』シリーズを見ていると、スタッフロールには、出演俳優が所属する劇団の情報が流れていることを見つける。俳優になるために劇団に入ることを目指した。そこで受験をしたのが俳優座研究所である。冒頭の試験のシーンは、その時のことだ。結局、合格をすることはできなかった。
ただ、彼女が立ち直れないほどのショックを受けたかと言えば、そうではなかった。合格できなかった理由が、知識や経験が不足していたことは明確だったからだ。そこで、本格的に演技を学ぶため、演劇スクールに通うことになった。

「他の人たちは、こんなに準備をして受験をしていたんだって気づかされました。でも私の長所は一度決めたら地道でコツコツ続けることなんです。だから簡単にあきらめようとは思わなかった」

スクールで学ぶ中で、少しずつだが、演劇とはどんなものなのか知ることができた。そして、大学卒業するタイミングになると、やっぱり劇団に入り俳優になりたいと考えた。そこで今度は、俳優の仲代達矢が主宰を務める無名塾を受験する。他は受験をせずに、一本で勝負をした。しかし、最終審査まで残ったものの、今度も合格することはできなかった。
それでも、演じることへの情熱は、まだ消えなかった。大学卒業後は演劇ワークショップに積極的に参加。事務所にも所属して、劇団に入らずに俳優として活動する方法を模索した。

「でも、全然うまくいかなかった。舞台に立つこともできなかったし。事務所に毎月払うお金ももったいないって思いました。それに就職した友達に会った時に、『今、何をしているの?』って聞かれると、自分は何もしてないなって……。すごく焦っていましたね。そんな生活が2年続いたころ、やっぱり劇団に入って、ちゃんと芝居と向き合いたいって考えました。ダメだったら今度こそあきらめようと思って」

こうして、再びいくつかの劇団を受験。そこで合格したのが、かつて何も対策をせずに落ちてしまった俳優座の研究所であった。研究所を経て、2016年に俳優座に入団した。

「私にはないものを持っている人を、これまでたくさん見てきました。部活で演劇をずっとやってきた子とか、ダンスを幼い頃からやってきた子とか。自分はすごく出遅れているなって感じていましたし、それが本当にコンプレックスでした。この差は永遠に埋まらないんだろうって思っていました。でも、今は関係ないと思っているんです。なぜなら、私が俳優を続ける中で、そのことが何かをあきらめることには、つながらないから」

これまで、うまくいかないことも多かった。ただ、その経験は今、ダメだったらまたチャレンジすればいいという、余裕となっている。

「演劇って目の前で動いている俳優たちが、台詞と身体を駆使して表現している時に、観客は心が動かされると思います。私もそうなんです。だから私も誰かの何かのきっかけになりたい」

『男はつらいよ』をきっかけに、演劇の世界に飛び込んだ。彼女はこれからも舞台に立つ。
(取材・文:海老原一哉)


■増田あかね出演情報
俳優座2025年9月公演「霧ぬけて」
劇団俳優座創立80周年記念事業
会場 俳優座スタジオ
公演日程 2025年9月19日(金)~30日(火)

増田あかねのコメント
「DVがテーマの作品ですが、それぞれの登場人物にドラマがあって、抱えている問題があります。ひとりひとりが、愛おしいキャラクターで、登場人物全員のことを好きになれると思います。自分のこととして感じることができるシーンや言葉があると思っていて、観ていただいている方の何かのきっかけになれればと思っています」

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