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【彼女が舞台に立つ理由】田村理子

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2026/1/13 15:00

2025年4月に正式に俳優座の座員となった。
なぜ彼女は舞台に立つのか。

「これがやりたいって強く思ったことって、振り返っても演劇だけでした。他のものを見つけられなかったって言われちゃったらそれまでですが、でも1番着火剤として強かったんだろうなって思います」

心に燃えた炎は、彼女の演技を導火線として観客の心を燃やすことになるのか――

<プロフィール>
■田村理子
神奈川県出身
2000年8月11日
153cm
趣味・特技 松濤館流空手(黒帯初段)、読書、手ぬぐい集め
経歴    劇団俳優座31期生 2020年入団

父はテレビの音響の仕事をしていた。表現者としての彼女に、最初に灯りを照らしたのが、そんな父だった。幼稚園の時である。

「当時、ポッドキャストのサービスが出始めた頃で、父が何かやりたいなって思ったんです。それで母が絵を書いて、母の幼馴染みがストーリーを作って、私が朗読するようなことをやっていました」

とにかく目立つことが好きだった。クラスで代表が選ぶものは積極的に自分から手を挙げた。そんな彼女が中学校に入学して選んだのが演劇部だった。

「絶対に部活に入らなきゃいけなかった中学だったんですけど、運動は苦手だったので、運動部には入りたくなくて。文化部は、ほぼ活動していない美術部と、ほぼ運動部じゃないかってくらい頑張ってる吹奏楽部、そして楽しそうな演劇部。だから演劇部を選んだんです」

元来、目立つことは嫌いじゃない。舞台に立つことも物怖じすることはなかった。そして、1つ上の学年に憧れる先輩もいた。存在感があって、部活の中心になって芝居を作っていく姿にカリスマ性を感じた。そして彼女も演劇に夢中になっていった。

「先輩たちが卒業して私たちの代になった時。地区大会で賞をもらったんです。優秀賞と、スタッフワークにもらえる賞でした。とにかく頑張って評価をいただけたっていうのがすごく嬉しかった」

躍進には理由があった。演出の担当ではなかったが、彼女は積極的に口を出した。ただ、それは彼女だけではない。他の部員も互いに演技について指摘し合って、作品を作りあげた。中学生であれば、関係性に何かしらの気まずさを感じてしまう可能性もあるだろう。しかし、決してそんなことはなかった。関係性はとても大人なものであった。

「すごく団結してやってました。小学校の頃から私は学級委員とかをやってたのもあって、多分、私が指揮をとって喋る人みたいな印象があったんだと思います。だから、そこには違和感は持たれませんでしたし、本当にみんな意識は高かった」

活動も忙しくなった。毎日、部活の時間ギリギリまでずっとみんなで稽古をしていた。当時、彼女が演じていたものは、どんな役柄だったのか。

「同じ部活の子たちが、すごくいろんな面白くて個性的な子が多かったので、その人たちを、おちょくる役みたいな感じだったのを覚えています。1番目立つ個性ドーンっていう役ではなかったですが、そんな役に魅力を感じていました」

中学校での充実した演劇部生活。最初は決して積極的に演劇を選んだわけではないが、高校を選ぶ段階では、彼女はあることを決意していた。「将来は俳優になりたい」と。しかし、進学した高校にも演劇部はあったものの、そこには入らなかった。

「高校には強い演劇部があったのですが、そこはミュージカルの演目が多かったんです。私はストレートプレイの方が興味があって。それに活動が週7日。すでに俳優になることを決めていた私は、ここの演劇部に入って週に7日活動していたら、他のことを何も経験することなく、俳優になるって考えてしまったんです」

「将来は俳優になりたい」ではなかった。「俳優になるもの」という決定事項であった。そのためには演劇以外の経験も必要だと考えた。彼女が高校で選んだ部活は新聞部。ここでは部長も経験した。またアルバイトもやった。そこで貯めたお金で舞台をたくさん観劇。演劇のワークショップにも参加した。演劇への熱はどんどん高まっていた。当時、彼女が影響を受けた作品が「海の凹凸」である。

「水俣病の作品です。水俣病の話は教科書では知っていましたが、実感は持てませんでした。でも、劇場ではすごく胸に響いて。1人で見に行ったんですけど、誰かと一緒に見に行けばよかったかもしれないって当時すごく後悔したのを覚えてます。あるテーマについて少し体験した気分になれて、そのテーマへの入り口になるっていうのがすごくいいなって思いました」

彼女は「海の凹凸」を俳優座の公演で見た。そして、高校卒業後に彼女が選んだのが俳優座だった。研究所に入るための試験では、周囲は大学生、社会人が多かった。すでに多くの経験をしている志望者の中で試験を受けた。

「正直、周囲をみて自分は大丈夫かなって思いました。でも、とにかくやりたいっていう気持ちは強かった。それに落ちたら落ちたで他を探してみようとか、そんな感じだった。切羽詰まった感じではなかったかもしれない。若かったってことはありますね」

そして彼女は研究所に入ることになる。本格的に演劇の指導を受けるのは初めて。ここまで愚直に俳優を目指し続けた彼女にとっては、とても充実した日々だった。ここまで、やりたいと思ったことを突き進んできた彼女だが、正式な座員となった今、課題がある。

「将来、どんな俳優になりたいかまでは考える余裕がなかったのかもしれない。田村理子という俳優として、何かを押し出せる自信が正直まだないですね。“私の個性はこれだ”みたいなものを、ちゃんと自分の中で組み立てていかないといけない」

彼女は25歳。まだまだ若い。「俳優 田村理子」はどんな俳優なのか。これから彼女が舞台の上で示してくれるはずだ。
(取材・文:海老原一哉)

■田村理子出演情報
劇団俳優座創立80周年記念事業 LABO公演 Vol.42
『100歳の少年と12通の手紙』『ベイビーティース』
公演日程 2026年2月6日(金)~15日(日)

田村理子のコメント
「私が出演するのは『100歳の少年と12通の手紙』です。小児がんの少年が余命わずかになるも、ボランティアの女性に出会ったことをきっかけに、そこから成長をしていく物語です。少年がどう生きていくかが大きなテーマとなっている作品ですので、ただただ“悲しい話なんだ”とは思わずに見に来て頂ければなと思います」

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