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有吉弘行、『電波少年』極限ヒッチハイク生活で感じた“高倉健の瞬間”とは
2026/6/15 13:25
14日放送のJFN系列ラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(日曜20時)で、タレント有吉弘行が若手時代に挑戦した『電波少年』(日本テレビ)のヒッチハイク旅を振り返り、極限状態の中で訪れた印象的な瞬間について語った。
番組で有吉は、「ヒッチハイクしてる時ね…もう今、知らない人もいるんだけど。俺は、(猿岩石で)ユーラシア大陸、香港からロンドンまで、ヒッチハイクで約半年かけて、190日間かけて俺ヒッチハイクしてた時があんのよ」と当時の番組コーナーを説明。現在の活動は“セカンドブレイク”だと自嘲気味に語りつつ、「あんまり侮らないで欲しいんだけど(笑)」と笑いを誘った。
「2か月か、3か月ぐらい、飯も食うや食わずって感じで」
旅の最中は慢性的な空腹とストレスにさらされていて、「2か月か、3か月ぐらい、飯も食うや食わずって感じで」と振り返る。有吉は猿岩石の相方とともにノートに「今日、これ食べたい」と食べたいものランキングを書き出し、欲求を紛らわせていたと明かす。その行為が逆に食への思いを増幅させ、「やっぱりこれが食べたい、あれが食べたいって」感情が募っていったという。
そんな極限状態の中、転機となる出来事が訪れる。爆風スランプのサンプラザ中野とパッパラー河合が現地を訪れ、猿岩石に楽曲「旅人よ」を贈ったうえで、「俺らが奢るから、今日は何でも好きなもん食べていいよ」と日本食レストランへ連れて行った。有吉はその時の選択について、「やっぱり一番食べたかったものを、注文するわけじゃない。やっぱ、卵とじのカツ丼だったよ」と語る。
“ご褒美”には思わぬ代償も
提供された料理はインドの日本食レストランということもあり、必ずしも本場そのままではなかったものの、「それでもやっぱりめちゃめちゃ美味しかったね。高倉健の気分だったね」と回想。映画『幸福の黄色いハンカチ』を想起させるような、長い苦難の末にたどり着いた食事の重みがにじむ一言だった。
ただ、その“ご褒美”には思わぬ代償もあったという有吉。「次の日から、もう吐いちゃって、お腹壊しちゃって、やっぱ体がびっくりすんだな」と語り、長期間の節制状態から一気に贅沢な食事を摂ったことで体が拒否反応を起こしたと説明。「結構、節制してるところにそういう贅沢がドカンってくると、体がびっくりしちゃって、拒否反応出しちゃって(笑)」と笑いながら振り返った。
さらにこの体験を踏まえ、「だから、刑務所から出てきた時もあんまり爆食しない方がいい(笑)」「徐々に…の方が良いっていう」と独特の例えで持論を展開。スタジオの共演者たちから笑いが起こる中、「まぁ、ほぼ刑務所みたいなもんで(笑)。190日間入ってましたんで」と過酷さを改めて表現した。
また『電波少年』のロケに参加していた他の芸人たちのエピソードにも言及。海外ロケを終えて成田空港に帰国した後、「酒々井(しすい)ってサービスエリアがあるんだよ、最初に。そこで立ち食いそばをみんな食うっていう」と語り、「『帰ってきた~ああ、美味い!』っていうのが、もう電波少年やってた人の、演者もスタッフもみんなそれが一番幸せっていう」と当時の共通体験を明かしていた。
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